物質材料工学専攻 准教授
高橋 由紀子

インタビュー日:平成22年12月27日


 

 

有機・無機ナノ物質からなる機能性膜の開発

NTIC:先生の研究について簡単に説明をお願いできますか?

高橋:有機の中の、主に低分子の色素をナノ粒子にします。それをさらに膜にして何か特別な機能を出させようという研究をしています。その膜はどんなところがいいのかといいますと、分子の状態だと膜を作るのはなかなか難しいのですが、それを粒子という一段大きい形にして、ろ過すると多孔質の上に薄い膜を簡単に作ることができます。普通に膜を作ったり、固体に何かを載せるというのは結構難しい技で、例えばポリマーは長いから簡単に膜になりますが、小さい分子の場合は蒸着したり、ポリマーに混ぜたりと手間をかけないと膜にできません。小さい分子で機能をもつものが世の中にはたくさんあって、食品や洋服に使われている色素とかもそうなのですが、それらを膜にして生かそうということで、この研究を始めました。

ナノ粒子薄膜作成法

高橋:まず最初にナノ粒子を作るところからです。ナノ粒子の作り方は二通りあります。ナノメータというのは10のマイナス9乗メートルですが、それくらいの粒子を作るためにはどうするかといいますと、疎水性色素をナノ粒子にする時は、いったん溶ける有機溶媒で溶かしてやって、それを溶けない水の中に一気に出しグワーっと激しく攪拌してやると粒子が細かくなってナノ粒子ができるんです。非常に簡単なんですね。もう一つは親水性色素といって・・・

NTIC:疎水性色素と親水性色素の違いは何ですか?

高橋:水に溶けないものを疎水性、水に溶けるものを親水性と言って区別します。水溶性色素は紙や繊維を染めたりするのに使われたりしますね。例えばセーターなどです。そのままでは水に溶けてしまいますので、ちょっと小さいシリカのナノ粒子ってあるんですが、それの表面に静電的にマイナスとプラスで引き合わせる。例えばマイナスの表面を持つものだったらプラスの分子を持つものを引き付けてくっつけて作って集めることができます。粒子同士は溶液の中では、もともとは分散液として存在します。その時はマイナス同士なので磁石と同じようにはじきあっていて、それで溶けています。それがプラスの力でだんだんはじく力が小さくなっていって、どんどん集まりを作ってきてある程度の大きさになります。今の目安だとだいたい50から100ナノくらいに育てたところで、それよりも目の細かいフィルターで濾せばそのフィルターに載っかる。ただそれだけの原理で膜を作るんですよ。非常に簡単なんです。

ナノ粒子膜の特徴

NTIC:その薄膜の良さはどんなところでしょうか?

高橋:ナノより千倍大きいマイクロメーターサイズのもので作ったものと比べると、見た目でも全然粗さが違います。下地がセルロースというものの上に作っているんですが、ナノサイズだとしっかり付着していて、指でごしごししても剥がれないくらい密着しています。マイクロサイズのものはもともとのサイズが大きいので凝集体も大きくなって、少し触っただけで剥がれてしまうんですよ。
本当は粒子があるんですが、ナノサイズですので目の分解度を超えていて、見えないんです。だから一見均一に見えます。製品としても、こちらのほうが優れているんです。しかもナノサイズですと表面積が大きくなります。小さくなればなるほど比表面積があがって反応活性があがるんですね。要するに全体の分子に比べて、表面にあるものの量が増えるんです。それが小さいものの良い効果で、この薄膜はナノ粒子からなる膜ですので、非常に反応活性の高い膜ということになります。そういうものができるんです。疎水性、親水性のほとんどの色素で作ることができ、担体も、ろ過さえできれば、様々に選べる。というようにすると、無限に組み合わせがあって、上の色素を変えてあげればいろんな機能性の膜ができるのではないか。ということで、私はこの大学に来たん ですが・・・。そんなに簡単にうまくはいかないんです。夢は大きいんですが、なかなか時間がないというのもあって問屋がおろさないんですが。(笑)

高感度試験紙

高橋:今、その薄膜を使って非常に高感度のいい試験紙を作れないかということをやっています。これは環境省の予算で走っているものなのですが・・・。よく工場跡地で鉛が出ました。砒素が出ました。っていうのが新聞に載っているじゃないですか?ああいうのを測るのには基準値ppb(マイクログラム/リッター)という異常に少ない量を測らなくてはいけないのです。実際に土壌で汚染されていましたよと報告されるまでに数週間くらい分析に時間がかかっているんですよ。そうしないと測れないのです。今まではサンプルを持ち帰って、処理して、そのターゲットとするものより大量のマトリックス成分が含まれているので、そこからターゲットだけを取り出して、場合によっては濃縮して、装置にかけるということをしていたんですが、すごく時間がかかります。装置 での測定自体は簡単なんですが、その前処理は専門家にしかできなくて、お金もかかるんですね。昔、とある分析センターにカドミウムの分析を頼んだことがあるんですが、1サンプル3万円って言われました。1サンプルですよ!そういう時は何サンプルか測るので、例えば10個だったら30万円じゃないですか?そうやって、環境基準とか排水基準とかを測っているんですね。ということは、高いし、時間もかかるので、実際には多くの頻度で測っていないんです。あんなに言うけれども、結局汚染って言うのはたまたま抜き打ち検査みたいなのに引っかかったのが出ているだけであって、日常的に環境管理をしているところはないですね。自社で持っていてもそんな頻度でやるかどうかというのもあります。しかも、その装置が何千万円もしますので、どこでもとはいきません。

そこで、一番簡単な検査方法として、試験紙を考えたわけです。非常に高感度な試験紙を、金属イオンに感応するような色素をナノ粒子にして薄膜として載せることで、ppbを測る、ということをやっています。右図は水銀を図った例なのですが、感度は機器分析でも出せるんですが、最高の良さは選択性ですね。この膜にサンプル溶液を100ミリリットル吸引で通すんですけれど、水銀が通ると青灰色が赤銅色になります。見かけはきれいではありませんが、濃度に応じて測れます。この試験紙の一番の良さは汚い工業排水の中のそれよりも1万倍100万倍も存在するマトリックス成分の中から、低い濃度の水銀を一発で測れるところです。これは特許もとり、企業とも一緒に共同研究をして、だいぶ話も進んでいます。まだ実用化にはもうちょっと問題があって、例えば、今までの試験紙は、デップアンドリードと言って尿検査の試験紙のようにつけて少し待つとすぐに測れますが、この試験紙はそういうわけにはいきません。感度は良いのですがものによっては検出に時間がかかります。概念的にどうするかという問題もありまして、色々と工夫をしているところです。

NTIC:このケースはすでに企業と共同研究をしているということなので、この 話はユーザーさんにはいいけれども製造メーカーにはする話ではないという ことですね。

高橋:そうですね。たぶん製造メーカーさんにはJSTのイノベーションに出し た時にいっぱいお話をいただいて、国内の主要なメーカーさんとは全部会っていると思います。海外はわかりませんけれど。

NTIC:先生のところにはすでにたくさんの企業さんとの接触があるんですね。

高橋:この試験紙に関してはそうですね。

一重項酸素発生紙

高橋:もう一つは、これはまだほとんど世に出していないもので、特許 は出したのですが、載せる色素を変えて、一重項酸素を発生させる 膜を作りました。作り方はさきほどと同じ。載せる色素を光増感剤 とした、それだけです。光増感剤の例は、赤色の食用色素105号 ローズベンガルです。ハムやソーセージなどに使われているもので すね。

 まずは、一重項酸素の説明ですが、酸素分子自体が基底状態が三重項状態という少し変わった物質だと思ってください。光増感剤という色素があると、それ自体が光で励起されて励起一重項状態(S1)になり、さらに励起三重項状態(T1)に分子内でエネルギーが移動します。一重項酸素と三重項酸素のエネルギー差が、光増感 剤のT1状態のエネルギーと近いために、T1状態の光増感剤と三重項の酸素分子が衝突する際にエネルギーを渡しやすくなって、色素からのエネルギーが酸素に移動します。それによって一重項酸素は発生します。普通は、直接的に酸素分子を一重項酸素へ励起することはほぼできません。光増感剤を介してのみ、非常に高効率に発生できるのです。最近よく活性酸素って発がん物質だから毒だよねと言われています。それに対して鮭の赤い色やベータカロチンを食べたほうがいいとか言われていますが、それは体内の色素が光増感剤となって同じことをしているのです。先ほども言いましたが血がポルフィリンでできているように、そういう物質が酸素分子を励起してしまうんですね。しかもとても効率が良くできるということで、今は特に光を利用した、光がん治療に使われています。これは結構有名で、20~30年くらいの歴史があると思います。まずポルフィリンみたいなものの前駆体を飲むんです。そうすると体内でポルフィリンを合成してくれて、がん細胞は細胞分裂が活発なのでそこにポルフィリンが集まってくるんです。集まった頃を見計らって、がん組織めがけて光を当てます。この光は長波長のレーザー光で、光照射で一重項酸素が出て、それが、がん細胞を殺すんですね。光自体は身体に安全ということで、今は子宮がんとか肺がんとか、にきびの治療等に使われています。でも、これ以外の応用というのがなかなか難しいという背景があって、もったいないと思っていました。他の活性酸素に比べて寿命も飛躍的に長いし、かつあんまり強くない酸化剤。例えばオゾンとかヒドロキルラジカルとかいう活性酸素はかなり激しい酸化剤なのですが、そういうのに比べてマイルドです。できれば気相で使えればどうかなあと思い、作りました。
 今までも、色素光増感剤を繊維やシリカなどにくっつけて、有害物質を分解したり、臭いを消したりと、脱臭フィルターに使うことを試みようとする企業はたくさんあって、特許もたくさん出ています。例えば透明な繊維状のフィルターに光増感剤を付着させるというのとか・・・。でもこれはアイディア止まりで、製品は出ていない。他にも色々とあるのですが、基本的に含浸させたり、なにか担体に付着させています。でもそうすると量が少なくかつ適当にしかつかないんですね。こっちのパッチにはこれくらいはついたけれどもこっちにはあまりついていという感じで。あとは化学修飾という手法もあって、担体の表面をつくような形に処理してあげて、光増感剤を化学的に結合させる方法や、静電的につける方法もあるのですが、どれも量が少なくかつ調整が難しく、付けること自体が技術的になかなか難しいです。一般人ができるようなものじゃないので専門知識と手間がかかりますし。ということで、さきほどの方法で膜にしてみようと考えました。
 問題は、光で励起して一重項酸素を発生させるので、繊維とか樹脂にしみこませたりすると、光が届くところにある増感剤しか励起しないんです。だから、せっかくしみこませたのに、繊維の内部にあるものは全然使えません、何にも役に立ちません。みたいになってしまいます。もう一つ問題があって、一重項酸素自体が担体(繊維や樹脂)で失活しやすいものなんですよ。だから内部にある光増感剤から一重項酸素が発生しても周りの担体に衝突して消えてしまう。普通の酸素になってしまうので、だから今まで気相で利用するということがなかったのではと思ったんです。今までは酸素ボンベがあって酸素を高速で流しながら光を照射して一重項酸素を出すようなことをしていたので、特殊な環境が必要だったのですが、できれば大気圧、大気条件のもとで、酸素ガスもなしで、ただその膜だけで一重項酸素を作りたいと思って、膜を作ったのです。あと、もう一つだけ複雑な問題があるのです。フォトブリーチングと言いますが、そういう光増感剤って自分で出した一重項酸素で自分が攻撃されてしまって、 実際には数時間くらいで光増感剤が分解してしまうという報告があります。  ということで、染料と顔料の有機の光増感剤を同じようにすると、さきほどのように膜ができるんですが、その構造がその支持体の表面上だけに粒子が載っている形をとっているので、そこには光が全部届きます。かつ、担体と増感剤はあまり接していないので、一重項酸素も失活しにくい。それで非常に有効に出るのではないだろうかというコンセプトが生まれました。実際に一重項酸素が発する特有の光(燐光)は人の目に見えないくらい波長が長いのですが、そのスペクトルが観測されればそこに一重項酸素があるという証拠になります。ナノ粒子の膜だとピークが観測されますが、含浸や付着させたものだと出てこない。その通りの結果になりました。この実験では何もガスフローもしていませんし、普通の大気条件で湿度は40~50パーセントある状態で普通にとっ ています。この近赤外発光自体珍しいのですが、実際に観測しているのは膜の上の一重項酸素だけです。では、その膜から一重項酸素がどれだけ出ているか、飛んでいるか、という話なのですが、これを調べるために作った膜を物理的に距離を離して、一重項酸素で退色するような色素を塗っておいてその退色を見て本当に放出されているかを調べます。今、これを学生が進めていまして、大体膜から2ミリくらいは飛んでいることが確認できました。あと、先ほど言いましたがフォトブリーチングという光増感剤が弱ってしまう現象は含浸膜だと明らかに観測されますが、ナノ粒子にしますとあまりないんです。何で耐光性が向上しているのかは分からないんですけれども、おそらく粒子という分子集合体であるためだと思いますが、実際のところは、まだわかっていません。
 何か想定される応用があったわけではなく、たまたま別の目的で色素を積層させた膜を作ったら片方だけ色がなくなって、何かおかしいと思って調べたら、一重項酸素が発生していた、という思いつきのネタです。さきほどお話しした、試験紙みたいにはっきりとこれって言う目的を設定しなかった研究ですね。別な見方をすれば、酸化チタンなどと違って、一重項酸素だけを発生する光触媒です。有害な有機物質の分解や殺菌、医療にと想定していますが、これからいろいろな人の反応を見て、具体的なニーズを前提に方向性を決めたいなあと思っています。

NTIC:特許にはもう申請しているんですか?

高橋:はい。2件出しています。

NTICどういうものに応用されるか分からないけれども、要するに一重項酸素が薄膜の上でうまく発生できることを確認したということですよね。場合によってはにきび治療やその他、色々に使えるかもしれないからそれに対して共同研究を求めるということですね。

高橋:はい。本当はもう少し学会で育ててから出したかった話でもありますので、まだ急いでいませんので、いろんな方とお話をしたいと思っています。